日本山の科学会について

会長挨拶

山の地形や雪渓などの物理的環境の険峻さや荘厳さは言うに及ばず、可憐な高山植物そして高山蝶やライチョウなどの山の生態系は大変貴重で氷期からの生き残りとも言われています。その生態系は地球規模での気候変動に対して極めて敏感です。山の生態系が温度や水文条件などの厳しい極限環境下で成立していることや、気温が高度とともに減少するため、温暖化などの影響がより狭い空間で発現することを意味しています。これらの自然科学的な側面のみならず、山の地域は、陸上に残された数少ない貴重な自然資源であり、同時に、様々な負荷の影響を受けやすい脆弱な環境でもあります。

また、日本の山は、世界的に見れば標高はそれほど高くはありませんが、冬期の強風と降雪量の多さは世界でも稀なものです。そのため、温度や水の条件的には森林があるべき標高にもかかわらず、山頂部には森林が見られず、中部地方ではわずか2,500 mほどの高さに森林限界があります。また、東北地方には偽高山帯と呼ばれる世界的にも特異な植生帯が分布しています。さらに、地理的な位置と気候条件により、我が国の高標高地域には特徴的な周氷河環境が形成されています。

山を研究対象とする学術団体では、これまでも「山」に関する優れた研究を推進していますが、それぞれの学問領域の視点に立った研究が主体だったことは否めません。しかし、山の地球科学的な側面としての地形や気候・水文条件、山に生育する植物、山を棲処とする動物、山の様々な恵みを享受する人間の営み、これらはすべて相互に関わっており、個別の学問領域のみで理解できるものではありません。

「山」に関する多角的な視点からの議論の場として、日本地球惑星科学連合大会において2012年から「山岳地域の自然環境変動」セッションを開催し、様々な視点からの研究発表と活発な議論がなされてきました。その中で、「山」の科学に関する学術団体の設立が話題になりました。足かけ6年にわたり活動してきましたセッションを足掛かりとして機は熟したと考え、「山」に関する様々な科学的事柄を探求する場としての「日本山の科学会」をここに設立しました。

なお、日本語の「山岳」には高山(alpine)の印象が強くあります。本学会が対象とする「山」は高山から里山までの広い地域を意味しています。森林限界より上の高山から我々の営みと強く関わっている里山までも含めて研究し議論したいとの思いを学会の名称に込めています。

日本山の科学会会長 鈴木啓助