現地討論会

第三回 現地討論会(生田緑地)の報告今野明咲香(常盤大学)

掲載日:2020年5月23日
日時 10月27日(日)9:00~12:30
案内者 磯谷達宏氏(国士舘大)・小森次郎氏(帝京平成大)・苅谷愛彦氏(専修大学)
集合 向ヶ丘遊園駅 (生田緑地で解散)
テーマ 「山の科学で観る多摩の横山」多摩丘陵の地形・地質や生物,都市公園のありかたについて
参加者 20名(案内者含む)

日本山の科学会2019年秋季学術大会・シンポジウム翌日の2019年10月27日に開催された現地討論会「山の科学で観る多摩の横山」に本学の自然地理学を専攻する学部学生6名と共に参加した。当日の現地討論会の概要と当日の様子について紹介し,テーマの一つである都市公園のありかたについて考えたことを報告したい。当日の観察項目一覧を以下に,観察ルートと主な観察地点を図1に示す。

  1. 向ヶ丘遊園駅南口集合
  2. 多摩丘陵飯室山の稜線を概観
  3. 本流の河畔侵食. 上総層群飯室層. 1.3Ma.
  4. 上総層群飯室層の広域テフラ
  5. 崩壊地形.(発生から数年と更に古い侵食地形)
  6. 飯室山通過
  7. 侵食がすすむ多摩丘陵,細尾根を通過
  8. 枡形山広場. 展望台から東京側概観.
  9. 広場下の立川ローム層.
  10. 姶良丹沢火山灰(AT). 堆積速度lm≒1万年.
  11. 尾根北側から谷底低地までの植生変化
  12. 1971年ローム層崩壊実験事故跡(盛土(捨土)の崩壊.ずさんな体制と計画.)
  13. 歩道脇の小規模崩壊(2017年発生.難透水層の上で発生した表層崩壊)
  14. 中央広場(過去の飯室谷の谷戸)
  15. 飯室層/おし沼層不整合(基底礫層をさがそう.砂礫層より上のブロック状の崩壊)
  16. 崩壊斜面に出た飯室/おし沼層.飯室層
  17. 東ロビジターセンター.解散

当日,参加者は9時に向ヶ丘遊園駅に集合し,多摩丘陵の生田緑地周辺地域で地形や地質,植生を中心に観察した。地形地質に関しては小森次郎氏(帝京平成大)と苅谷愛彦氏(専修大学),植生に関しては磯谷達宏氏(国士舘大),土壌移動プロセスに関しては佐々木明彦氏(国士館大)より解説があった。

図1 現地世討論会観察ルート(地理院地図の標準地図に自作の色別段彩図を重ねて作成、図中の数字は観察地点番号)
図1 現地世討論会観察ルート
地理院地図の標準地図に自作の色別段彩図を重ねて作成
図中の数字は観察地点番号

向ヶ丘遊園駅から南下しながら丘陵に移動し,最初に観察したのは多摩川本流の浸食により形成された崖の露頭である(地点②と③;図1)。ここでは多摩丘陵の基盤をなす上総層群飯室層と,房総半島が模式地の登戸−Kd17テフラを観察し,この地域の地質の成り立ちについて説明をうけた(写真1)。

写真1 上総層群飯室層とそこに狭在する登戸-Kd17テフラについて解説する小森氏(地点③)
写真1 上総層群飯室層とそこに狭在する登戸-Kd17テフラについて解説する小森氏(地点③)

上総層群は,更新世前期(約100~200万年前)に関東平野一体が海(海盆)だった頃に堆積した,最大層厚1000 mを超す海成層であり,現地の露頭では微小な貝化石を見ることができた。この時代に海面下にあった関東南部の地形は大きなお椀のような形をしており,上総層群は西側の山地からの土砂供給によってこの凹地部分を埋めるようにして堆積したという。以前この上総層群をお椀の東側に当たる房総半島で見たことがあり,大都会の東京の地下通って50㎞以上離れた西側の多摩丘陵でも再度見たことで,関東平野の地形形成のダイナミックさを感じることができた。

地点③の露頭の観察後,地点④の飯室山へ登る階段で丘陵地の地形と植生を観察した(写真2)。谷頭凹地内では土砂移動が活発なため成長が早いエノキやミズキ,またササが多く繁茂し,周囲の頂部斜面では薪炭林の放置からなる雑木林が成立しているという説明を受けた。写真中央部(谷頭凹地)と両端部(頂部斜面)で分かりやすい植生のコントラストがあり,丘陵地の微地形に応じた典型的な植生配列を見ることができた。

写真2 谷頭部の地形と微地形に応じた植生(地点④)
写真2 谷頭部の地形と微地形に応じた植生(地点④)

その後,地点⑤の谷戸に成立した湿地では自然植生のハンノキ林を観察した。「神奈川県下においては自然植生のハンノキ群落はごく稀で、現存林分は皆無と言っても過言ではない(宮脇,1976)」と言われており,生田緑地が貴重な植生の保全のために役立っていることが分かった。

住宅地の中にある都市公園の中で,典型的な丘陵地の植生だけでなく貴重な現存ハンノキ林を観察することできたのはとても興味深かった。

最後の地点⑥では,約30万年前のおし沼砂礫層を観察した(写真3)。生田緑地は多摩Ⅱ面(おし沼面)という平坦な地形面上に位置しており,それを構成するおし沼砂礫層は扁平で淘汰の良い砂礫層であるという説明を受けた。このことから,この地域は世界的海進時(海洋酸素同位体ステージ9)に形成された海成面であり,当時この地域が波打ち際のような環境にあったことを示しているという。飯室層の泥岩とおし沼砂礫層,そしてその上に載る関東ローム層を見て,この地域が長い時間スケールの中で海から陸へと変化した様子を知ることができ,大地のロマンを感じることができた。

写真3 上総層群飯室層を不整合で覆うおし沼砂礫層(地点⑥)地層境界を指で示す。
写真3 上総層群飯室層を不整合で覆うおし沼砂礫層(地点⑥)
地層境界を指で示す。

徒歩で回れる範囲に,魅力的な観察地点が多数あり充実した内容であったが,ほぼ予定時刻の12:30にビジターセンター(地点⑦)付近の露頭にて解散となった。

今回の現地討論会では,都市公園の意義を改めて考える機会となった。都市化が進む東京周辺域では,地形は改変され地表は構造物に覆われている。そのため,微地形に応じた植生配列や湿地に成立する貴重なハンノキ林の多くは姿を消しており,自然の地形や地質を見る事は簡単ではない。

長く東北地方で学生時代を過ごし,教科書や授業でしか知らなかった関東の地形や地質などを実際に見て歩くことができたのは,生田緑地としてこれらの露頭や自然が保存されていたからであり,都市公園の博物館的役割を実感した。自然や地史についてまだそれほど詳しくない本学の学部学生も,案内者の魅力的な解説のおかげで多摩丘陵の土地自然の面白さを感じ取っている様子であった。

しかしながら今回のように,現地を知る研究者と一緒に見て歩くことができる機会は限られており,まして研究者や学生ではない,生田緑地を単に公園として利用している市民がその魅力を知る機会はほとんどないであろう。これらの貴重な自然や露頭を保存していくためには一般市民にもその魅力を知ってもらうことが必要であり,現地を案内してくれる人がいなくてもその場所の地史や成り立ちを理解できる解説板を充実させるなど,研究者から公園管理者などに提案していくことも重要ではないかと考えた。

この現地討論会を通して,観察・教育の場としての都市公園の役割を実感したことで,後世の研究者や学生,市民が現地で学ぶことができる場所として残すことの重要性を認識し,研究者として何ができるかを考える良い機会となった。