現地討論会

上高地現地討論会報告

掲載日:2019年2月28日

アジア航測 安田正次

日本山の科学会2018年秋季大会の学術発表会・シンポジウムの翌日,2018年10月28日に上高地で開催された現地討論会に参加した.

当日9時に松本駅西口に集合し,信州大学のマイクロバスと山岳科学研究所の車で上高地へ移動した.移動しながら今回の案内役の横浜国立大学の若松伸彦氏から周辺の植生など(波田のケショウヤナギほか)について,日本ジオサービスの目代邦康氏から地形・地質や地史(道の駅「風穴の里」裏の風穴など)について説明があった.

釜トンネルを抜けた大正池取水口近くで一旦下車.奥穂高が白くなっていて素晴らしい景色を堪能する(写真1).ここでは焼岳東面の崩壊地や取水口に関係する浚渫事業について,また,割谷山南東面の崩壊地形について目代氏と専修大学の苅谷愛彦氏から説明があった.

写真1 大正池取水口付近
写真1 大正池取水口付近

上高地バスターミナルに到着後は,上高地の地形と植生の関わりについて案内役の二人から説明を受ける.崩壊後の岩がごろごろしている場所では(写真2),ウラジロモミとシラビソ,オオシラビソが比較的多いとの説明を受ける.一般的には岩がちな場所ではコメツガなどが生育することが多いのだが,コメツガはあまり生えていないそうで,上高地は立地環境が特殊なことがよくわかる.

写真2 岩礫地上に成立している林分
写真2 岩礫地上に成立している林分

明神岳を左に見ながら梓川左岸を上流へ移動しつつ,ハルニレやウラジロモミの林を抜けてさまざまな説明を受けた.その後,山岳科学研究所の上高地ステーションで昼食をとりながらマスの養殖場跡の説明なども受ける.

往きに時間を使いすぎたということで,帰りは梓川の右岸を早足に下山する.崖錐の説明や,大規模崩壊によって運ばれてきた巨岩群に成立する植生,河川流路の変化によって生じたと考えられる湿原などを観察しながら,バスターミナル着は15時.帰りのバスでは渋滞はほとんどなく16時頃には松本駅着,無事解散となった.

今回の現地検討会でもっとも印象的だったのは,扇状地を形成する小河川について(写真3),公園管理のために流路を固定し土砂を周辺へ積み上げ,結果として人工的に天井川を作っているという点だった.自然状態では,こういった小河川で時々おきる大規模な流下にともなって流路が変わることで森林を破壊し,崩壊地特有の植物種へ生息場所を提供しているという仕組みが成り立っている.こういった動的平衡状態によって上高地特有の植物種群が維持されているはずなのだが,その源である土砂の氾濫を人間がとめてしまうことによって,極相に向かって遷移が進み,特有の植物種が減少するという状況がみてとれた.

写真3 流路が固定された小河川
写真3 流路が固定された小河川

同様の事は主要河川である梓川でも行われており,こちらはヤナギの群落が危機にあるということだった.仕事柄,行政にも関わりがあり管理する立場も理解できるので心情的には辛いところではあるが,このままだと上高地の特殊性は失われ,ただの公園になってしまう.生態的な仕組みを深く理解せず,やみくもに現状を維持するという方針がとられている名勝地は全国に散見されるが,生態学的な知見が一般に広まってきている時代では,生態系に応じた方針の転換が必要であると痛感した.